7月の夏季定期訓練のクライマックスは6時間遠泳訓練だった。
これが終ると夏休みとなり、故郷に帰ることができる。
だが泳ぎが苦手な者にとっては、苦痛でしかなかった。
私は、泳ぎ自体は並みのレベルだったが、足首を手術した後の本格的な運動であったため、泳ぎが苦手なグループに配置された。
泳ぎが苦手なグループは、海でも判別がつきやすいように赤い水泳帽を被らされるので、通称「赤帽」と言われていた。
最初は、校内のプールで泳ぎの特訓が始まった。
足の状態も日に日によくなり、私は自信をつけていった。
7月の終わり、いよいよ遠泳本番を迎えた。
防大の近くにある小さな砂浜から、隊列を組んで海に入っていく。
海はプールと違って浮力が大きいが波もある。
皆、隊列を崩さぬよう一定の速さで沖に向かっていた。
途中、泳ぎが得意な者は、ふざけてクラゲをすくい上げ、隊列の後ろの方にポンポン投げ込んでくる。
隊列の後ろの方にいる泳ぎが苦手な者たちグループはたちまちパニックになった。
6時間も泳いでいると腹も減る。
随伴ボートに乗船している指導教官たちから泳いでいる隊列に向かって、たくさんの小さな乾パンが投げ込まれる。
それを、われわれは池の鯉のように群がっては拾って口に入れるのである。
また、泳ぎながらおしっこもしたくなる。
泳いでいるとは言え人前でおしっこをするのは抵抗があり、最初は上手くできなかったが、泳ぐ動作を止め、だらーんと全身を脱力状態にするとおしっこが出てくる。
周囲は、おしっこだらけなんて考える余裕もなかった。
激闘6時間、出発した砂浜が少しずつ大きく見えるようになってきた。
あの砂浜に到着すれば、故郷に帰れる。
もうすぐだ。
故郷のなつかしい風景がだんだん大きく見えてくるようだった。