「しっかり、親孝行してくるように。以上、解散!」
夕方の課業終了後、当直の4年生の号令とともに、夏季休暇期間となった。
1年生はほとんどが地方出身者であり、それぞれの故郷に向けて出発した。
私は、同じ小隊(クラスのようなもの)の仲の良い同期生とともに、その日は新宿に宿泊することにした。
短めのスポーツ刈りの男5、6人で歌舞伎町の居酒屋で久々の自由を満喫した。
ちなみに、防大1年生は、一年間、私服外出、飲酒、喫煙が禁止だった。
上級生に見つかれば大変な制裁が待っている。
しかし、夏季休暇の時だけは上級生の目を気にする必要はなかった。
着なれない私服姿で、中ジョッキやレモンサワーを思い切り飲み干す。
タバコも吸う。
普通の大学生ならば、当たり前のことかも知れないが、1年生にとっては特別な事だった。
反対に、普段、囚人のような規則正しい生活を続けていると、背徳感さえ感じる。
上級生の陰口で話しが盛り上がった時、K学生が「俺、もう帰ってこない」とぽつりと言った。
関西出身で、少し大人びた感のあるK学生は、われわれ仲間のご意見番的存在だった。
「アホらしくて、もう続けらない」
この時、私は純粋にとても寂しく感じた。
ここまで一緒に頑張ってきたのに…
翌朝、皆で新宿のカプセルホテルを出ると、故郷に向けてそれぞれ出発した。
皆、K学生に「帰ってこいよ!」と声をかけた。
K学生ははにかんだだけだった。
青みがかった早朝の新宿の路地で私たちは別れた。