戦闘機パイロットの夢を追いかける青春物語

戦闘機パイロットになる夢を追いかける青春物語

防衛大学校物語 第151 -3つの航空事故の記憶③その1-

S2尉は航空学生出身で私より2歳年下だったが、友人のような存在だった。

三沢基地ではS君の美人の奥さんを交え家族ぐるみで付き合いがあった。

ある日、S君が浮かない顔をしていたので「どうしたの?」と聞くと、どうやら奥さんと喧嘩をしたようで悩んでいたのだった。

三沢基地の近くに美味しいケーキ屋さんがあり、そこで奥さんの好きなケーキを買って帰りたいのだけれど、一人で行くのが恥ずかしいという。

私がS君と一緒に帰りにケーキ屋さん行くこと羽目になった。

フライトスーツを着たままの男が、ケーキの陳列棚を眺め、あれこれ品定めしている姿は周囲から見ると滑稽に違いなかった。

結局、私も自分の妻にケーキを買っていくことにした。

S君は奥さん思いの優しいパイロットだった。

 

秋の演習では、私たちの飛行隊は2週間千歳基地に展開することになった。

私はまだ後席のままだったが、S君は演習期間中の急速練成要員になったので前席でバンバン飛んでいた。

私は、前席で飛ぶS君を内心とても羨ましく思っていた。

いよいよ演習も明日を残すのみとなり、夜に友人たちと千歳市街のジンギスカン屋に出かけた。

S君は下戸なのでアルコールは一切やらなかったが、カウンターの向こうの「大将」に「これ美味しいね。美味しいね」と笑顔で話しかけていた。

私は「酔ってもいないのに、店主に愛想振りまくなんて、何て純情なヤツなんだろう」とさえ思った。

帰りに千歳基地正門の迎えにコンビニに寄った。

S君は、コンビニで菓子パンを購入し、店を出るなり、その菓子パンにかじりついていた。

笑顔を私にむけて「うまい、うまい」と言っていた。

それが私にとってS君を見た最後の光景となった。(続く)