着校から2週間がたった。
しかし、いわゆる大学の授業はまだ始まっていなかった。
毎日、OD色の作業着に弾帯という姿で半長靴を履いて、基本教練と呼ばれる訓練を受けていた。
防大は「大学」ではなく自衛隊の機関であることを思い知らされる。
その横を退校者が私服姿で通り過ぎて行く。
「アイツ娑婆に戻るんだ」
少し羨ましい気持ちになる。
朝の廊下清掃を担当すると、モップで廊下をピカピカになりまで磨かなくてはならない。
ただし、柄がついているモップなんていう上等なものは使わせてもらえない。
モップの先の白いポンポン部分だけを使って、通称「手モップ」で磨くのである。
両手に白いモップの先を持った姿はまるで白いポンポンを持ったチアガールそのものだった。
上半身裸で、顔を床面から5センチくらいに近づけて、鬼の形相で両腕を激しく回転させて床を磨くのである。
その横で2学年がだるそうに立って監視している。
防大入校者の多くは地方の進学校を卒業した者だったが、そんなこと全く関係なった。
私はこの時、「自分はモップマシーンだ」、「モップマシーンだ」、「モップマシーンは床をきれいにするのが役目だから一生懸命床を磨くのだ」とひたすら心の中で自分に言い聞かせていた。
人間モップマシーンの完成である。
しかし、もし私がこの時、「バカバカしい」と少しでも思っていたら私も退校者の一人になっていただろう。
何も考えるな。
考えたら防大にいられなくなる。
心の中で綱渡りをしているような日々が続いた。