それは男女機会均等法施行に基づく政府肝入りの案件だった。
航空自衛隊初の女性戦闘機パイロットを養成するというのである。
数名の候補者に対して航空幕僚監部において意思確認が行われていた。
これまで輸送機や救難機の女性パイロットはいたが、戦闘機パイロットとなると24時間のスクランブル待機にも就かなくてはならない。
スクランブル発進は、いわば「空の警察」任務である。
だから絶対に失敗は許されない。
「女性だから体調不良で失敗しました」では通用しないのである。
また、戦闘機パイロットになると通常30歳くらいのタイミングで編隊長練成訓練が行われる。
パイロットとしての最後の登竜門であり、ここで淘汰されてしまうパイロットも多い。
だから、皆、編隊長練成訓練に入ると寝る間も惜しんで努力する。
女性戦闘機パイロットだから30歳くらいで婚・妊娠というライフイベントが待ち構えている。
「妊娠したので休職します」では周りの理解が得られないかもしれない。
初の戦闘機パイロット候補者は、一旦、輸送機・救難機コースに進んでいたある女性パイロットに白羽の矢が立った。
私は、航空教育集団司令部の課長として、彼女のこれまでのフライトコースの成績を念入りに分析し、航空幕僚監部に彼女の推薦報告書を作成する業務を担当した。
私の分析結果では、彼女がクビにならず戦闘機パイロットとして部隊までたどり着く可能性は余り高くなかった。
私はとりあえず分析結果を踏まえ、空幕への報告書を作成したが、もしこのまま報告書を空幕に提出した場合、空幕は彼女を選定するかどうか判断に迷うだろうな、と内心思った。
養成を開始したが技量未熟によりクビとなっては航空自衛隊の威信に関わる事だったからだ。